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2017.05.22

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コラム

丸く、尖る

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人は歳をとっていくと価値観も変わる。

価値観は環境や経験から形成されていく。

そして、価値観は自分の行動基準になる。

そいつがどう在るか(姿勢)は、そいつの持つ価値観に拠るところが大きい。

価値観とはつまり自分(内部)や世界(外部)をどう見るかということだ。

「どういう姿勢で自分の価値観を研ぎ澄ませていくべきなんだろか」みたいな話を以前友人としていた時に、人間の価値観形成に関して大きく分けて次のような3つの成長段階があるんじゃないかという結論至った。

  1. 尖る
  2. 丸くなる
  3. 丸く尖る

大人になって丸くなったはいいものの、丸いだけじゃダメじゃね?ということだ。
 

フェーズ①尖る

尖っているだけの人間は世界の広さを知らない。自分の見ている景色が全てだと思い、自分の価値基準にのみ照らし合わせて身の回りの世界を見る。

この姿勢はある意味強い。「俺が正しいんだ」ということを、周りから賛同を得られるかは別として、自信を持って主張することができる。

だが、他者と自分は違う価値観を持っているかもしれないということに気がついていないから、他者からの評価が重要となる局面ではヘマをこくことになる。

また尖っているだけの人間は他者の価値観を知らないか、認められないので、他者を否定する。

そして、人間は他者との繋がりなしには生きられないので、尖っているだけの人間はなぜ息苦しいかに気づかないまま自分自身を苦しめていく。

わかりやすい例を言えば、地元でたむろして人に迷惑をかけてしかいないヤンキーみたいな人種がこの状態だ。

 

フェーズ②丸くなる

歳を重ねるごとに、人は色々な経験を通して、他者は自分と違うんだということを理解していく。

尖っていた人間の角は削られていき、丸みを帯びてくる。

徐々に世界を知り、自分のリアルな位置も徐々に明確になってくる。

また、無知だったからこそ持てていた自信は様々なことを知るにつれて揺らいでいく。

価値観が違うことの仕方なさを知り、自分の価値観を押し付けられないことを知る。

そして、色々なことが「良いんじゃね?」、もしくは「よく分からねぇ」と思えるようになる。

こうなった人は寛容で、他者との衝突も起きにくい。

だが一方で、端的に言えば、つまらない人間になる。

この記事【「どっちでもいいじゃん、人によるよ、個人の自由だよ」の持つ暴力性】でもレンジが言っていたように、永遠の変化にとらわれることになり、ふわふわの何も出来ない人間になる。

尖る段階を経ずに、最初から丸いだけの人間もいるが、なんにせよ、自分や世界に対する見方が「全部良いし、全部良くない、よく分からない」みたいなものだと選択が取れず次に進めない。

尖っていた人間が色々なことを知って丸くなると、「色々なことを知った。あの頃は無知だった。だけど結果を出すためには何も知らないで尖って突っ走れてたほうが良かったんじゃね?」と思ったりもする。

では、どうすればいいのか。

 

フェーズ③丸く尖る

色々なことを知った上で自分はこれを選んだという覚悟と自信を持つことである。

結果を出せる人間、説得力がある人間、強い人間はこの状態だ。

丸く在りながらも尖っている。

言い換えれば、「最強の俯瞰」と「最強の主観」を同時に持ち合わせているということだ。

世界には色々な価値観や選択肢があることを知った上で、自分が持った価値観や自分が取った選択肢を突き詰めていく。尖らせていく。

丸みを帯びた主観的な尖った意見や行動は、尖ってるだけの奴らを黙らせ、丸いだけの奴らを圧倒する「俺は知った上でこれを選択したんだ」という説得力を持つ。

【映画「GO」】で親父が息子に言った「広い世界を見ろ そして自分で決めろ」ってのもこの記事流に言えば「丸く尖れ」ということだと思う。

尖ってるだけでも、丸くなっているだけでもダメだ。

丸く尖ろ。

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