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俺が今怖いもの

多分誰にでもあるけど、俺にも怖いものがある。

アウトプットすることが怖い。

まだ全然アウトプット出来てない。

アウトプットは観測者がいて初めて意味を持つ。

アウトプットは世界に大なり小なり影響を与える。

なのに、俺が今1番怖がってること。

やっぱり人の目だ。

このサイトに関しても常にそれが俺(とレンジ)にとって最大の課題だった。

特にインターネットにおける作法みたいなものは特殊だ。

誰に見られるか、いつ見られるか、何を見られるか、どうやって見られるか、色んな事を考えながらアウトプットしてきた。

もちろん、このサイトだけじゃなく他のインターネットでも現実でもアウトプットを意識している。

それでもやっぱりまだ怖れの部分が残ってる。

人に自分のアウトプットを見られて、こいつ変な奴だとか思われるのが怖い。

人に見られることで、自分が思ってるほど自分は大したことない、って気づくのが怖い。

俺は人に嫌われることが未だに怖い。

人によっては理解出来ない事を怖がるように仕上がっている。

だから人に理解されないことが怖い。

今までも、今でもそうだ。

人に理解されたい。

人に理解されずに嫌われることが怖い。

その様は俺を見ていた人にも伝わっていたかもしれない。

小さい頃からその状況に慣れてきた。

同時にどんどん人に自分をアウトプットするのが苦手になっていった。

嫌われないようにいつも相手の理解の範疇にとどまるように努力しつつ、アウトプットすることなく勝手に自分の世界を自分の中で膨らませていった。

もちろん、努力はしていたが、たまに相手の理解の範疇を超えてしまう事があった。

そういう時は人を怖がらせてしまった。

相手の理解を超えて相手を怖がらせてしまう事は誰だってあるはずだ。

相手を怖がらせてしまうたびに俺は余計全てを曝け出すことが苦手になって、逆にその分だけ相手の理解の範疇にとどまることが得意になっていった。

だから俺は友達を作ることが、人に嫌われることを怖れた分だけ、得意だ。

相手の理解の範疇の中でふざけられる。

逆に小さい頃から人に怖がられる事を怖れないタイプの人間は、相手の理解の範疇に収まることが苦手なのでそのまま理解されないぶっ飛んだ奴になっていく。

俺は嫌われる事を怖れた分だけ自分の事を曝け出せなくなっていった。

俺は人に相談しない方らしい、よくそう言われるし、自分でもそう思う。

自分のことは勝手に自分で決めて自分でやる。

相談相手は常に自分だと思っていた。

でも徐々に最近気付いてきた。

人に相談した方がいいわ。

人に話したほうがいい。

人に伝えたほうがいい。

そうしたほうが物事は良い方向に動いていく。

それに、怖れている対象は常に乗り越えるべき存在だ。

そして恐怖は自分の中に在る。

「ああ、俺は人に嫌われることを怖れて色々と勿体無いことをしてきたなぁ。。」

とモナスティラキ広場の中心にあるオブジェの上の特等席に寝転がりながら思った。

だから、もっとどんどん自分を曝け出していこうと思う。

やり方をもっと考えながら色んなアウトプットを加速させていこ。

image

夜中2時、このメモを書き終えて、ちょうど3人のギリシャ男に絡まれた。(悪い意味で)

必要な時に必要なことがいつも起こるなぁ、と思う今日この頃。

向こうは最終的に力に頼らざるを得なくなってたけど、こっちは胡座をかいたまま一歩も動かずに乱すことなく、事態は収束した。

旅をしてるとよくこういう試練チックな事がちょうどいいタイミングで起きるんだけど、それに対処して乗り越えるたびに自分の成長感みたいなものを感じる。

カオスを収束させる感覚。

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