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2016.07.16

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コラム

「天才」の定義とは

destiny

俺の中での「天才」の定義は「俺の理解の範疇を超えてくる奴」だ。

つまり天才は己の外部に存在する。

自分が天才かどうかなんてことは本当にどうでもいい。

「ぼく、てんさいかなぁ?」とかそんなことを気にしている暇があるなら寝たほうがいい。

いくら世間でそいつが天才と騒がれていようがいまいが、社会のレッテルは関係ない。

俺と身の回りには数多くの「天才」がいる。

(俺の定義だと人間以外の動物は全て「天才」ということになる)

俺は「天才」から多くを学ぶ。

つまり「天才」は俺にとって「師」でもある。

自分の中にないものをそいつから与えられる。

お前も誰かにとっては「天才」かもしれない。

社会が言う”天才”とか”才能”みたいな幻想は捨てろ。

映画「Mr.Incredible」で印象的なシーンがある。

お母さんヒーローに「みんな特別なのよ。」と言われた息子ヒーローが放った言葉。

「みんな特別なら、みんな特別じゃないんだ。」

んん。最高だね。

言葉で遊んでる。

言葉ってツールは使い道が無限過ぎて、本当に面白い。

この世を生きるなら言葉ってツールは武器になる。

俺は最終的に何も喋らなくていい「無刀」を目指してるけどね。

スクリーンショット 2016-07-15 18.24.26(漫画「バガボンド」より)

ちなみに「バガボンド」はめちゃくちゃおすすめ(特に男)。

あの漫画の中には様々な真実が美しく描かれている。

あれを描いた井上雄彦氏は一体どんな人生を送ってきたんだろう?

俺は彼を「天才」だと思っている。

会いたいので今度会いに行きます。

 

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