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2016.08.6

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コラム

覚悟は外から来る

昔から覚悟とはなにかを考えていた。

覚悟はすごく抽象的なものだけど、たまに感じた。

覚悟を持った時、人は動いて、現実を変える。

自分が覚悟を持った瞬間を思い返してみる。

学生の頃、なんかしらの都合でテストで点数を取らなきゃいけない時は仲のいい奴らとテストの点数に小銭を掛けた。

高校受験は、「良い高校入らないと社会的制約が大きくなるぞ」の一言で受験と意識的に向き合えた。

大学受験は、「早慶以上行かないなら浪人しろ」の一言で姿勢を変えた。

事故ったりで目の前で人が死にかけている時、自分に出来る最善を尽くしてその人たちを助けた。

「これ以上遅刻したら流石にヤバイ」という状況が俺を朝起こした。

こうやって覚悟を持てた瞬間を思い返してみると、覚悟は自分の外側の要因から来るなと思った。

多分、ベッドに寝転がって考えているだけじゃ覚悟は持てない。

子どもを持った母親を見てても、その様から覚悟を感じる。

覚悟を持った人の行動は明らかに強い。

そして、いつも自分に足りないものは覚悟だなと思っていた。

覚悟を持つには、周りに不幸がなきゃいけないわけでも、試練だらけじゃなきゃいけないわけでもない。

クサくいえば「愛」も覚悟を持つ理由になる。

自分の魂を突き動かすような何かに出会った時、人は「覚悟」を持つのかもしれない。

個人的な話をすると2週間ほど前に1つの区切りとして、パリを飛び出した。

家族と住むことも家族の家に住むこともやめた。

借金も返した。

年金とか諸々のそういう小さい問題も処理をした。

住所不定になってリュック1つで動いていると、自分の全ての行動に自分で責任を持つしかなる、言い訳のしようがない。

そして、だからこそ責任の裏側にある強い自由を感じる。

日本でぬるく暮らしてた自分に比べたら覚悟も感じる。

スパンも変わる。

なにより、楽しい。

「覚」に「悟」。

覚悟ってなんなん。

未だによく分からない。

英語だと”preparedness”か。

(最近ドハマりしてる曲。これで月の下で踊っているハウサーをみて、喰らった)

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