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2016.12.22

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コラム

西野カナは処女だ

季節は冬になり、今年も早いもので、月めくりのカレンダーも残り最後の1枚となり、締めくくりに向かう慌ただしい日々が続くところではあるが西野カナは処女だ。

 

俺が女性について言えることなんて常に他愛もないことなんだが、やはりというか、それでも西野カナは処女だ。

 

俺は有線とかで聴く限り、西野カナの楽曲が構築する世界に対して親近感とか魅力を感じたことはなかった。

だが、西野カナがどの沿線に住んでるのかとか、どういう羅列のアルファベットのメルアドを使用しているのかとか、そういう情報を知りたいと思っていた時期があった。

誤解しないでもらいたいのは、それを知って会いに行くとか、メールを送るとか、そういうことではない。ただ「純粋な情報」として知りたかったのであった。

友人にそれを打ち明けると「キショい」と笑われ軽蔑の眼差しを向けられたりした。

しかし冷静に考えて、そもそもなんでそんな事を思うのかと言うと、今にしてみれば、西野カナが処女だからだ。

 

映画「ゴッドファーザーⅡ」の終盤、パライノア状態の主人公マイケルが強敵ハイマンロスを始末する計画についてファミリーに話すシーンがある。

そこでマイケルは「歴史が教えるたったひとつの真実は…人は殺せる」と言う。

 

俺がそんなマイケルに替わって言える事があるなら、「嘘と本当が錯綜する今の世の中で唯一言えるたったひとつの真実は…西野カナは処女」ということなんだ。

 

俺はなぜこんな事を言っているのか。

12月半ばにもなって扇風機回して寝てるせいではない。また大好きなイカが全く釣れないどころかエギを3つもロストしたせいでもない。

 

それは今日、ラジオで西野カナの最近出たらしい曲を聴いて「いつまでこういう状況を続けるんだ」と思ってしまったことが発端かもしれない。

 

例えば、ビートルズのように西野カナが、恋愛や生活をアイドル的に歌い、それから、名声を手に入れ、ショービジネスの頂点に立ち、疲れて、インド音楽に出会い、LSDに出会い、瞑想に出会い、精神世界に出会い、みたいな感じにどんどん変化していけば面白いのにな、と思う。

 

やがてはイリーガルな恋愛、退廃的な情事、結婚、妊娠・出産、育児、キャリアアップ、更年期、セカンドライフ、涅槃(悟りの境地)といったステージで西野カナは言葉を与えることだろう。

 

そんな西野カナによって俺は救われ、あらゆる声なき人々の声は代弁され、世のフラストレーションは昇華されるだろう。

 

そういう西野カナがあってもいいんじゃないのか。

 

そこで、少なくとも「西野カナが処女か非処女か」こんな馬鹿げたことは絶対に考えない。一分の隙もないはずだ。

 

だが実際は、現実は、どうしようもなく、西野カナは処女だという事実を俺に突きつけてしまう。

 

 

 

西野カナは処女だ。

 

 

 

根拠はない。

 

 

 

結局のところ「ねんごろ年中ラブソングばっか歌ってるけど実は処女だったらアツいぞ」というただのネジれた願望だったのかもしれない。

これを反省し、本当の現実を叩き込もうと、ちゃんと目の前の西野カナを聴こうと、apple musicで検索したら「はじめての 西野カナ」っていう プレイリストがあってやっぱ処女じゃん。

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