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2017.11.26

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コラム

もし明日、地球が滅亡するとしたら

世俗的な欲望など消え失せて、なにかを悟るのかもしれない。

もしかしたら、地球滅亡への実感など湧くことも出来ず案外普遍的な欲望を満たすのかもしれない。

そうだとしたら、俺はなにをしたいと思うのかなー

愛する人との生殖行為くらいしか思い浮かばない。

多分、24歳人間オスの自分としての1番根本的な満たしたい(満たすべき)欲求がその辺なのかもしれない。

でもいざ本当にそういう状況になったらいまシラフの自分では思い浮かばないようなもっとコアな欲求が出て来るのかもしれない。

でもまぁこの明日地球が終わったらなんていう極端な事態はそうそう起こらない。

それがどういうことなのかもわからない終わりまでの時間が明日って短すぎる。

そんなことを考えるのはまぁ妄想遊びみたいなもんで、有用性はない。

でもまぁ本質は今過ごしている人生と同じだなと思う。

今過ごしている人生も死という終わりには向かっている。

それが明日なのか100年後なのかは分からない。

その長さ不明の人生という期間で、自分はどんな欲望を満たしていきたくて、満たしていけて、満たしていくのか。

範囲も広げれば、自分が生きている世界は何を叶えようとしていて、どこに向かっていくのか。

諸行無常、行雲流水、万物流転の中、方向性はどっちなのか。

根本的には人間は常に欲望のままに生きてきた。

それが本能的で自発な欲望なのか、作り出された幻想のような欲望なのかは置いといて、人間は常に欲望を追い続ける。

それ以外に逆にどこに向かって何を求めて生きていくというのだろう。

夢や希望や幸せやマイホームや出世みたいな方向性が大好きで、大好きなものを求めるように人間は出来ている。

好き嫌いやポジティブネガティヴというような感情や気持ちを人間はセンシングし、それに従って行動を決定していく。

歳をとり、センサーの守備範囲は広がる。

目の前のありのままの世界しか感じてていなかった子どもは学んでいき、地図を読めるようになり、単位を知り、読み書きを覚え、遥か遠くのニュースを観て、たくさんの人間と出会い、多くを知り、想像力が広がり、センサーの届く範囲は宇宙や深海にまで広がる。

 

ここまでだーっと書いてきて自分は何が言いたいのか分からなくなってきたので、書くのやめ笑

とりあえず感じて想像することは人間として大切なことな気がする。

その中には自分も含まれる。

 

 

 

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