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村上龍「愛と幻想のファシズム」最高に痺れる危険な小説

 

「真実っていうのはな、あんたみたいな未熟児は昔だったらみんな死んでるってことだ」

「適者生存がどのようなレベルであれ、正しいと言うことです」

「僕が切り捨てるのではない、生態系が切り捨てるんです」

 

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この小説は、人間はどう生きるべきであるかを読者に強く問います。

 

あらすじ

カナダで狩猟をしていた鈴原冬二はアラスカで相田剣介(ゼロ)と出会う。世界は恐慌に向かい日本は閉塞し混乱している。今の矛盾だらけの社会を破壊し、“人間が狩猟生活をしていた頃の世界”を再構築すべく、冬二は日本を舞台に独裁者としてのカリスマ的な力を発揮していく。政治結社「狩猟社」を結成すると、テロリストから高級官僚まであらゆる強力なシンパが集い、冬二に立ちはだかる敵対勢力(=獲物)を狩っていく・・・。
愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

出版は1987年。古さを感じさせない革新的な小説ですよ。

 

主人公・トウジの主張

トウジは世の中の真理・真実を包み隠さず伝えられる男として周囲に見出されます。やがては 「弱肉強食」の思想を掲げ世界に名乗りを上げるんですが、トウジの指す「弱者」とは障がい者やホームレスといった人たちではなく、自分で考えもせず行動もせずプライドも持たず、社会に支配され自分の快楽を誤魔化して生きているような奴隷人間たちのことだと言います。「弱者は経済的、社会的、あるいは物理的に排除されていくのが自然だ」という主張。独裁を敷き弱者を狩るのを理想とする一方で、「みんな本当は強いんだから目を覚ませ」と人々に主張するわけです。

 

物語の文学的な側面

「トウジがリーダーとなり、仲間を集め、強大な敵を倒していく」というダイナミックで分かりやすい流れで物語は展開されるのですが、注目すべきは“トウジ”と”ゼロ”、ゼロの彼女の”フルーツ”との関係性です。登場人物は大体みんなハッキリしています。行動や考えや、その基となる思想といったものが。しかしゼロは何もかもが曖昧です。トウジはそんなゼロのことが、なぜかハッキリ分からないまま自分にとって重要な存在である事を感じていきます。このあたりの描写がとても繊細で幻想的なのです。「愛と幻想」というキーワードに掛かっていきますので、読む際の注目ポイントです。

「男二人・女一人」のテーマを描くのは村上龍の好物で、それは「コインロッカー・ベイビーズ」でも見ることができます。あと「希望の国のエクソダス」でもあるらしい。「物語が終わっても、三人の物語は完結することはなく、形やテーマを変えてまた姿を現すだろう」と村上龍は語っています。

 

他の作品との関連について

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「新世紀エヴァンゲリオン」に”相田ケンスケ”と”鈴原トウジ”という同じ名前のキャラクターが登場します。原作者である庵野秀明監督はこの小説のファンだそうです。キャラ名だけでなく、主だったテーマやストーリー、「父権を乗り越える」「綿密に練られたシナリオ」「組織への不信」などの部分も、この小説の影響だと考えられます。

 

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「デスノート」の世界観もこの小説の世界観と似ています。日本での独裁を狙っている「狩猟社」のリーダー”鈴原冬二”と世界の巨大企業群「ザ・セブン」の暗幕”ジェローム・ウィッツ”の水面下での謀略・工作の様は、新世界の神を目指す”夜神月”と世界探偵”L”が繰り広げる頭脳戦を思い出させました。

 

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軽蔑には理由などない。軽蔑は突然発生する。

この鈴原冬二の言葉は、ジャン=リュック・ゴダール監督「軽蔑」を想起させました。

 

この頃の村上龍

恐らく村上龍に最も脂の乗っていた頃です。この小説が週刊現代に連載されていた1984年〜1986年とほぼ同時期に、エッセイ「すべての男は消耗品である」を執筆しています。

この中での村上龍は尖っていて、「ブスは論外」「ビビンバはハシシに合う」「武田鉄矢はクズ」など好き放題言っています。さらにバブル期と重なっている為か、完全に小市民を馬鹿にするスタイルで通っています。

「愛と幻想のファシズム」では、経済の話が色濃く描かれているのが大きな特徴ですが、「あとがき」によると、村上龍は経済について相当な量の勉強(講演を聴きに日本中を飛び、本を何百冊も読む)をしたようです。彼はこれ以降エッセイでも経済について触れる事が多くなり、今でもテレビ東京「カンブリア宮殿」では名だたる起業家やベンチャー経営者たちと対談していますが、そういった経済の世界に入っていくきっかけとなった小説ということになりますね。

また、経済の話に限らずとも圧倒的な情報量なのですが、文章の一つ一つが鋼で出来ているような鋭さがあり中毒性があります。そんな調子が1000ページにも及んで、読後はしばらく放心状態になりました。

ちなみに俺は上巻を読み終え、今すぐ下巻が読みたくなりウズウズし、ネット注文で明日届くのも待てず、本屋とブックオフを7軒ハシゴしましたw 見つけた駅前の有隣堂でも「限りなく透明に近いブルー」とこの本の下巻が一冊ずつしか置いてませんでした。どこも品薄なんです、村上龍。

 

主人公・トウジの考えを抜粋

最後に、お気に入りのシーンを抜粋します。この部分はトウジの思想や「システムへの反抗」という物語の主題を表しています。

・・・それは、人間は不完全な動物なのだという、俺にとってはごく当り前の話だった。人間と熊は違う。人間は二本足で歩き、全身ツルツルで毛がなく、いつでも発情し、極端に弱い存在で乳幼児期を過ごし、同族・同種で徹底的に殺し合い、家族と社会と国家を持っている。バラバラだ。熊は、完璧だ。俺はカナダの西北準州の岩山で、丸二日、体長四メートルを超すグリズリーを追跡したことがある。水が少ない岩山を、グリズリーは実に七時間かけて、湖まで降りて行った。俺は、匂いをとられないように常に風下にまわって、後を追った。水のある場所が遠いと知っているグリズリーは、決して駆け出したりしない。無理に急ぐと余計に喉が乾くと知っているので、動物だけに許された恐ろしく適確な速度で進む。完璧な歩行だ。大好きな蜂の巣があっても見向きもしない。狼が吠えながら逃げても、ポーキーパインが騒ぎながら気の幹を駆け上がっても、カリブの群れが音を立てて疾走しても、速度を変えずに進む。通常ハンターが獲物を発見できていながら七時間も追跡するなどあり得ないことだ。姿を見たら即座に撃つ、これが鉄則だ。俺は最初そのグリズリーの大きさに驚き、胸が高なった。撃って、死骸を自分のものにするよりも、しばらく見ていたいと思ったのだった。俺は充分に距離をとって、追った。離れて見るグリズリーは機械のように正確に進んだ。当然のことだが、グリズリーは電車にも飛行機にもタクシーにも乗らない。姿が見えなくても、足跡がある限り、その先に必ずグリズリーはいるのだ。獲物を追った者でなければ、この当然で、単純なことのすばらしさはわからない。グリズリーは地面から足が離れることがないのだ。二本足で立ち上がり歩行する必要も、全身の毛を失う必要も、無期限の発情の必要も、種内で殺し合う必要もない。家族も社会も国家もいらない。それは完璧に科学的だと俺は思う。宇宙のすべてに対して何ら疑問を持たないグリズリーはどれほどすごい宗教家よりも完璧な存在なのだ。グリズリーは代謝作用で発情する。俺達は大脳で発情する。精液が溜まって勃起するわけではない。裸の女が股を開いているところを思い描いて勃起するのだ。本当は人間には何の欲望もない。対象があるために欲望が発生するだけだ。もし、欲望の充足、つまり自らの欲望の消去、または消去の過程を、快楽と呼ぶのならば、グリズリーは、永遠の快楽と共に在ることになる。笑顔も涙も、薬も宗教も、小説もストライキも、要らない。やがて、そうやって、グリズリーは淡いブルーの河へたどり着き、ゆっくりと水を飲んだ。約四十秒間、尖った口を河につけて飲んだ。そして再び自らのテリトリーの中心へと戻っていった。俺は結局撃たなかった。そのグリズリーを中心とした完璧な世界の中で、自分のことを余計な者だと感じた。そんなことは初めてだった。ライフルを下げている自分をみじめだと思った。ライフルがなぜ必要かがわかった。人間はあまりに不完全で、快楽の森林からはっきり拒絶されているために、ライフルが必要なのだ。七時間の追跡で、俺は消耗しきっていた。ブッシュや岩肌や砂で痛めつけられていた。俺はその時自分に衣服が必要なのが我慢ならなかった。言葉を喋るのも吐気がするほどいやだった。大脳に裸の女が浮かび上がってくるのが恥ずかしかった。心の底からけだものになりたいと思った。いろいろなものを生みだしてきた、つまりさまざまなものが必要であるように進化してきた、祖先を、俺は軽蔑した。俺が思い描く、この世で最も美しい幻のエルク、エルクに同化したいという気持ちは、その時に芽生えたのかもしれない。・・・

 

最高に痺れます。

愛と幻想のファシズム(上) (講談社文庫)

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