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2017.05.17

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レビュー

映画「トレインスポッティング」ドラッグ中毒者を通して描かれる現代社会

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概要&あらすじ

「トレインスポッティング」
1996年のイギリス映画
原題: Trainspotting
監督: ダニー・ボイル
主演: ユアン・マクレガー

スコットランドに住む、ヘロイン中毒の主人公レントン(ユアン・マクレガー)とその仲間たちはドラッグ、セックス、窃盗などを中心とした自堕落な生活を送っていた。スコットランドを離れ一度は”マトモ”な大人になろうと決めてロンドンの不動産屋で働き始めたレントンだが、結局そこにも地元の悪友たちが転がり込んできて元の退廃的な生活に戻っていくことになる。ある時大量のドラッグが手に入り仲間たちとともにそれを元に大金を手に入れる計画を立てるが…。

良い人生を送りたいという人間として当たり前の欲望に対してどう向き合っていくのか。現代社会に対してどう向き合って生きていくべきなのか。自分と社会の接点に対する葛藤や答えが若者の視点で斬新な映像と共に描かれる名作。

ストーリーとこの映画が伝える皮肉(ネタバレあり)

映画冒頭、主人公レントンのこのようなナレーションと共にストーリーは始まる。

「人生に何を望む?出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレイヤー、健康、低コレステロール、保険、固定金利の住宅ローン、マイ・ホーム、友達、レジャーウェア、ローンで買う高級なスーツとベスト、単なる暇つぶしの日曜大工、くだらないクイズ番組、ジャンクフード、腐った体をさらすだけの惨めな老後。出来損ないのガキにも疎まれる。それが”豊かな人生”。だが俺はご免だ。豊かな人生なんか興味ない。理由か?理由はない。ヘロインだけがある。人はヘロインというと死や破滅だと決め付ける。でもそうじゃない。ヘロインは快楽だ。でなきゃやらない。」

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端からグチグチ言われようが、その生き方を選ぶレントンは人生やヘロインに対してそう捉えている。どこかで自分で間違っていると気づいていても、自分を肯定するためにそう捉えたいのかもしれない。

如何にも社会からのはぐれものが住み着いていそうな小汚い部屋でヘロインを注射器で打ち込む仲間たち。
映画中彼らは何度も禁ヤクを試みるもその中毒性や社会に対する鬱憤に負けて結局は失敗する。そして、次第にそれぞれの人生の歯車も狂っていく。

初めはドラッグに手を出していなかった仲間のトニーも、彼女に振られたショックからヘロインに手を出すようになり、注射器の使い回しが原因でエイズに罹ってしまった結果、引きこもりのジャンキーになる。そして、その元カノに何とか振り向いてもらおうと子猫をプレゼントしようとするが、受け取ってもらえず突き返され、結局自分の部屋で飼うことになる。孤独な部屋で何も出来なくなったトニーはラリって倒れ子猫の糞に埋もれて、そのまま脳がジクジクになり死んでしまう。

ある時には、いつものように部屋で仲間内でドラッグを摂取してラリっている間に、みんなで可愛がっていた赤ん坊(父親不明)が放置された末死んでしまう。

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レントンとスパッドという友人は窃盗で捕まり、スパッドは牢屋に入れられるが、レントンは中毒からの治療中ということでブタ箱行きを間逃れる。両親の協力と共にヘロイン中毒から脱却しようとするが、禁断症状として出てくる死んだ赤ん坊やトニーの幻覚に苦しむ。ちなみにこのシーンの赤ん坊が天井を這う描写はかなりトリッキーでなんとも不気味。

その後なんとかドラッグから身を置き、ロンドンの不動産屋で働き始めマトモな大人になれたことに満足感を覚えていくレントンだが、強盗をして警察に追われている仲間や、ポン引きをする等といいつつも結局何もしない仲間が部屋に転がり込んできてまたしてもレントンの生活は蝕まれていく。社会的弱者で貧乏な悪友同士の繋がりは自らを負のスパイラルに陥れていくのだった。

映画後半、ふとしたきっかけで彼らはそんな状況を打破するチャンスを得る。大量のドラッグを安く仕入れることができ、それをマフィアと取引して大金を得ようと試みることになる。取引は無事成功してレントンと仲間達は大金を手にする。

そして、映画終盤。なんとレントンは悩んだ末に仲間同士で分けるはずだったその大金を1人で持ち去ってしまうのだった。仲間に優しく、時にはいいように使われさえもしたお人好しのレントンが最後に仲間を裏切るのだ。

裏切られた仲間は、裏切られるに値する在り方だったのも事実だ。当事者以外の視点からみるとこれは因果応報といえるかも知れない。

罪悪感と不安が入り混じった険しい表情で橋の上を歩き、新しい人生へと向かっていくレントン。仲間を裏切ることによって手にした未来、その未来への希望に満ちた気味の悪い笑顔へと表情が変わっていくラストシーン。

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レントンのナレーションが流れ「トレインスポッティング」はエンディングを迎える。

「なぜ裏切った?本当のところは俺がワルだからだ。だが変わろうと思う。これを最後に足を洗ってカタギの暮らしをする。楽しみだ。あんたと同じ人生さ。出世、家族、大型テレビ、洗濯機、車、CDプレイヤー、健康、低コレステロール、住宅ローン、マイホーム、おしゃれ、スーツとベスト、日曜大工、クイズ番組、公園の散歩、会社、ゴルフ、洗車、家族でクリスマス、年金、税金控除。平穏に暮らす。寿命を勘定して。(looking ahead the day you die.)」

このナレーションにグッと惹かれる。

ちっとも魅力的に聞こえないワードをあえて並べてカタギの暮らしを表現する、この皮肉たっぷりな最後のナレーション。

このストーリーの中でレントンは今のままではダメだと気付き、実際に変わるチャンスを手にした。

ではその後どうなれるかというと、それは結局レントンが糞食らえと言っていた”豊かな人生”(=カタギの暮らし)を送る人間にしかなれないのだ。少なくともそういうビジョンしか見えない世の中にレントンたちは生きている。

社会の大きな波に迎合するか、アウトローに生きて落ちぶれるか。

レントンにこのナレーションを言わせたこの映画の製作者はそんな現代社会の閉塞感を伝えたかったのではないだろうか。

”豊かな人生”を送る人々と同じ社会の中にいながらも、その対極に生きるドラッグ中毒者。そんな彼らの視点で描かれた、彼ら自身の退廃的な人生と、そこから見える”豊かな人生”を描いた作品「トレインスポッティング」

ラストシーンからエンディングにかけて流れる曲「♩BORN SLIPPY/ by UNDER WOLRD」も最高。

現代社会を違った視点から考えたい人にオススメの映画。

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